離婚前に請求していた生活費としての「婚姻費用」の請求が、離婚してしまうと請求できなくなるのかどうかについて、令和2年1月23日、最高裁第1小法廷は、「離婚しても婚姻費用分担の請求権は消滅しない」と判断し、請求を認めていなかった札幌高裁の決定を破棄し、審理を同高裁に差し戻しました。
新聞等の報道等によりますと、本件事案の概要は以下のとおりのようです。
北海道に住む40歳の夫婦が2014年ころから別居を開始し、当初は支払いがあったものの、2018年2月から、夫が婚姻費用を払わなくなり、妻が、婚姻費用の支払いを求めて家庭裁判所に調停を申し立てましたが、婚姻費用の金額が定まる前の同年7月に離婚が成立しました。その後、家庭裁判所は、審判で、元夫に対して約5か月分の婚姻費用として約74万円の支払いを命じたところ、元夫は、札幌高裁へ即時抗告し、同高裁は、「離婚によって請求権は消滅した」として、元妻の申立てを却下しました。
本件で問題となっている「婚姻費用」とは、夫婦が婚姻共同生活を営む上で必要な一切の費用をいい(泉久雄「親族法111頁」有斐閣、1997)、例えば、夫婦の衣食住にかかる費用や、子どもにかかる費用、医療費等があります。
そして、「夫婦は、その資産、収入そのほか一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する」と民法760条に定められていますので、夫婦は、婚姻して生活する際にはこの婚姻費用を分担することになります。
この婚姻費用は、夫婦が別居した場合でも、別居が解消されたり、あるいは離婚が成立するまでは、原則として発生し続けます。ですので、夫婦のうち、収入の少ない方は、収入の多い方に対して、婚姻費用を請求する権利(婚姻費用請求権)があり、この請求を受けた側は、毎月の婚姻費用を支払うことになります。
このように、婚姻費用を請求する権利(婚姻費用分担請求権)は、婚姻しているということから発生するものですので、離婚すれば、その請求権は、原則、消滅することになります。
では、離婚するともう過去の婚姻費用を請求できなくなるのかというと、そうではなく、過去の婚姻費用については、財産分与において清算をすることができます。
古い審判例ですが「夫婦が離婚した後においては、「夫婦」の資格、したがってこれにもとずく(原文ママ)婚姻費用分担請求権も消滅するといわなければならない。その結果、それまでの婚姻生活中に、一方から支払を受けるべくして受けえなかった生活費については、これを不当利得または損害賠償等民事上の請求権を主張し、もしくは財産分与請求の資料として主張するのは格別、「婚姻費用」として分担を求めることはできず、家庭裁判所もこれを審判の対象とすることはできない」(神戸家審昭37・11・5)と指摘したものや、「裁判所は、当事者の一方が婚姻継続中に過当に負担した婚姻費用の清算のための給付をも含めて財産分与の額及び方法を定めることができる」(最判昭53・11・14)という判例があります。
ただ、財産分与において清算をするとなると、財産分与の対象となる財産が存在しないというケースでは、そもそも財産分与すら請求できない事態になってしまい、既に離婚前に婚姻費用分担請求をしているのであれば、それは婚姻費用分担請求権として処理をして、保護すべきものと思われます。
冒頭の事案について、これらの点がどうであったかの詳細については、現時点では入手できておらず不明ですが、離婚前に既に具体的に請求している婚姻費用分担請求権の効力が離婚によって消滅しないという結論自体は相当であると考えられます。
(弁護士 小川 弘恵)